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天神や天満宮と菅原道真の関係は?なんで学問の神様なの?

菅原道真とはどんな人なんでしょうか?

天満宮とは、菅原道真(すがわらのみちざね)を祭神とする神社をいうんですね。

では、菅原道真とはどんな人だったのでしょうか?

菅原道真は承和12年(845年)に京の都に生まれました。

菅原氏は代々続く学問の家系で、道真は幼い頃から漢学の教育を受けて育ったそうです。

漢学とは、中国の古典をもとに中国思想や詩文を研究する学問なんですね。

15才で元服(成人)した道真は、文章生(もんじょうしょう)になるために勉学に励んでいたようです。

文章生とは、現在でいう大学生のようなものだそうです。

そして、道真は18歳で試験に合格するんですね。

道真の祖父が20歳で合格し、叔父が23歳で合格したらしいですから、道真は18歳で合格したわけですから、かなりの才能ですよね。

文章生は40人いたようですが、その中の成績優秀者2人のうち、その1人に選ばれるくらいだったようです。

道真は33歳で漢文学、中国史の大学教授のような地位に当たる文章博士(もんじょうはかせ)になりました。

37歳のときに父親が亡くなり、菅原家が経営していた私塾の運営も引き継いだようですね。

また、道真は政治家として宇多天皇に重用されるようになるんです。

そして、右大臣にまで昇進するんです。

この右大臣は、左大臣に就いていた藤原時平(ふじわらのときひら)に次いで偉い役だったんですね。

藤原氏は有力な貴族で、道真はただの学者の家柄だったので、嫉妬する貴族も多かったようです。

そして、藤原時平を中心に道真を政界から追い出そうとする動きが強まったんですね。

その頃、宇多天皇は息子の醍醐天皇の天皇の位を譲っていたんですね。

道真の娘は醍醐天皇の弟である斉世親王(ときよしんのう)に嫁いでいたんです。

藤原時平はその関係を利用して、道真をおとしいれたんです。

藤原時平は醍醐天皇に「道真は自分の義理の息子である斉世親王を天皇の位につけようとしている」と告げ口をしたんです。

ただ、これは全く根拠のないこと、つまり嘘なんですね。

醍醐天皇は道真を大宰府(だざいふ)の役人に任命し、都から遠い九州へ追いやってしまうんです。

道真は大宰府に飛ばされてから2年後に病にかかり、59歳で亡くなるんです。

しかしですね、道真の死後、都では次々と異変が起こるんです。

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天神や天満宮と菅原道真との関係は?

都では疫病がはやり、人々は道真のたたりではないか、と言うようになってきたんです。

そしてですね、藤原時平はわずか39歳の若さで亡くなるんです。

皇太子である保明親王(やすあきらしんのう)は21歳の若さで亡くなるんです。

これらの出来事に醍醐天皇は恐れおののいたんですね。

醍醐天皇は道真を元の右大臣に戻し、大宰府に飛ばすことを命じた文書を燃やし、左遷を取り消したんです。

でもですね、皇太子で藤原時平の孫にあたる慶頼王(よしよりおう)が5歳で亡くなるんですね。

さらにですね、皇族や貴族の死が続き、ついには宮中に雷が落ちるんですね。

この落雷を機に醍醐天皇は健康を害して亡くなってしまうんですね。

そんな中、あるとき都に住むある女のもとに、道真の霊が現れるんですね。

道真の霊は、都にいた頃に好んだ場所である右近の馬場(うこんのうまば)、これは現在の北野ですね、「この場所に祠(ほこら)を建てて、私が立ち寄ることができるようにせよ」と告げたんですね。

しかしですね、その女は身分が低く、祠を建てることはできなかったんですね。

ここからなんです、道真を天神として祀(まつ)ることが始まったんですね。

その後、7歳の子供にも道真の霊が憑りつき、右近の馬場に社(やしろ)を奉(たてまつ)るように告げたんですね。

それで、北野の地に神殿を建てて、道真を天満天神ととして祀ったんですね。

天神とは、人々に災いを与える荒ぶる神の総称をいうんですね。

天満とは、道真の「怒りが天に満ちた」というお告げから由来するんですね。

そして、道真は天満天神として北野天満宮に祀られるようになったんですね。

醍醐天皇は道真の怒りを鎮めるように、大宰府に社殿を造るように命じるんです。

これが現在の太宰府天満宮なんですね。

その後、一条天皇は道真に朝廷で一番偉い役職である太政大臣の位を送るんです。

北野の天満宮に参拝し、太宰府の天満宮でも天皇の命により祭事が行われるようになったんですね。

こんなことから太宰府天満宮は信仰の中心地になったんですね。

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菅原道真が学問の神様である由来とは?

天神信仰が拡大することによって、各地に天満宮が造られるようになるんです。

天満宮や天神のご祭神は道真で、道真を祀った神社は全国に12,000社あるんですね。

日本三大天神は、北野天満宮(京都)、太宰府天満宮(福岡県太宰府市)、防府天満宮(山口県防府市)といわれているんです。

また、関東三大天神は、湯島天満宮(東京都文京区)、亀戸天満宮(東京都江東区)、谷保天満宮(東京都国立市)といわれているんです。

そしてですね、道真が「学問の神様」といわれるようになったのは、江戸時代といわれているんです。

寺子屋が多くできて、庶民に学問が身近になった頃、自然と学問の神様といわれるようになったんですね。

また、天満宮や天神様には「梅の印」、「梅の木」が植えられていますが、その理由は道真が梅が好きだったからといわれているんです。

梅の木を大切にしたり、梅に関する歌を詠んだりしていたからなんですね。

また、天満宮では神様の使いとして牛の銅像が置かれているんです。

これにはいろいろな説があるようです。

道真が丑年生まれであるとか、牛に助けられたことがあるとか、大宰府に行くとき牛に乗っていったなど。

牛と関りがあるのは間違いないようで、神の使いとして牛の像が置かれるようになったみたいですね。

天神や天満宮、菅原道真についていろいろ話しましたが、参考にしてくださいね。

蟹の種類や「蟹」の漢字の由来は?

タラバガニ

タラバガニは生物学的にはヤドカリの仲間なんですね。

一般の蟹には足が10本ありますが、タラバガニは8本なんですね。

甲羅は約25㎝で、長い脚を伸ばすと1mを超えるものもあるんです。

丸みを帯びた甲羅は一部分が尖った五角形のような形をしているんです。

蟹は横方向に移動する種類が多いんですが、タラバガニは縦方向にも動くことができるんです。

味はさっぱりした淡白な味で、太い脚には引き締まった身がたっぷり入っていて、プリプリした食感なんですね。

親爪と呼ばれる右側の大きなハサミの部分は、特に身が詰まっていて美味しいんです。

よく動かす部分なのでうまみが凝縮されているんです。

通販で買うときは「フルシェイプ」を買うようにするといいですよ。

「フルシェイプ」とは食べられる8本の脚のうち、右側か左側のどちらか一方が4本で1セットになった売り方なんですね。

太い脚と細い脚の両方が含まれているので、バランスがいいんですね。

タラバガニの脚を適当に寄せ集めた商品などは、細い脚だけを集めているものもあるようですから注意が必要なんですね。

実は、タラバガニのミソは食べられないんです、知っていましたか?

そして、タラバガニはズワイガニや毛ガニよりも低カロリーなんです。

ビタミンA、ビタミンBが豊富で、鉄分、ビタミンB12、葉酸といった貧血予防につながる成分も豊富ですので、鉄分不足になりがちな人に向いているんですね。

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毛ガニ

毛ガニは体中に短い毛がびっしり生えていて、丸っこい形をしているんです。

別名「オオクリガニ」と呼ばれることもあるようです。

小さな体の割には甲羅が大きく12㎝くらいあり、足は太くて短く、水深30m~200mの海域に生息しているんです。

甲羅が8㎝以上のオスのみの漁獲が許可されているので、市場に出回っているのはオスのみなんですね。

身は甘くて旨みがたっぷり、塩ゆでや蒸すだけで十分美味しいんです。

それ以上に蟹ミソはバツグンに美味しいんですよ。

毛ガニのミソって、中に詰まっているミソの量は、体の大きさに関係なく同じ量らしいですよ。

ただ、甲羅が黒色に変色している場合は、蟹ミソが飛び散っている可能性がありますので、甲羅の色が濃くてきれいな毛ガニを選ぶとよいですよ。

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ズワイガニ

ズワイガニは10本の長い脚が特徴で、甲羅は15センチくらい、大きなオスは足を広げると約70㎝くらいあるようです。

メスはオスの半分くらいの大きさで市場に出回っているのは、ほとんどがオスのようです。

メスは産卵を短期間で繰り返す途中で成長が止まるんですね。

オスのズワイガニを越前ガニ、松葉ガニ、メスをメガニ、オガニなどと呼ぶ地方もあるようですね。

ズワイガニは3種類あって、本ズワイガニ、オオズワイガニ、ベニズワイガニがあるんですね。

本ズワイガニは細くて長い脚をしていて、旨みがしっかりあり、上品な甘みもあるんですね。

蟹ミソも濃厚で美味しいんですよ。

オオズワイガニは身が硬く甘さは控えめで、ロシア産がほとんどのようで、カニしゃぶで食べられることが多いようです。

ベニズワイガニは熱を加えると身が縮む特徴があり、身がぎっしり詰まったものはとても美味しいんです。

越前ガニ

越前ガニはズワイガニといいましたが、福井県沖で獲れたもののみを「越前ガニ」というんですね。

この地域で獲れた蟹であることを証明するために「越前蟹」と認定された蟹にはタグが付けられるんです。

水揚げ後、生きていること、身とミソの詰まり具合など厳しい基準を満たしたもののみが認定されるんですね。

セイコガニ

セイコガニはズワイガニのメスのことを呼ぶんです。

お腹に内子(未成熟の卵)と外子(産卵直前の成熟した卵)が入っているんです。

さらに蟹ミソもたっぷり入っているんですね。

ただ、獲れる時期は11月と12月の2か月だけなんですね。

貴重なものなんですね。

花咲ガニ

花咲ガニはタラバガニと同じヤドカリの仲間で、北海道の花咲半島周辺で多く獲れるんですね。

花のように鮮やかな赤色をしていて、エビに近いプリプリとした食感なんですね。

身が厚くて油分が多く、濃厚なんですよ。

メスは特に卵が美味しく、身を食べるならオス、卵を食べたいならメスなんですね。

「蟹」という漢字の由来とは

「蟹」という漢字の由来は、「解」と「虫」に分けられるんです。

「解」は「角」と「刀」と「牛」に分けられますよね。

これは「刀で牛の体から角を切り離す」ことを意味しているんですね。

そこから「わける」「バラバラにする」「わかるようにする」などの意味になったんですね。

「分解」や「理解」がそんな意味合いですよね。

「蟹」の字に「解」が使われているのは、「包丁などを使わなくても簡単にバラバラにできる」という蟹の特徴を表しているんですね。

「虫」は古代中国では小動物の総称を意味していたんですね。

つまり、「包丁などを使わなくても簡単にバラバラにできる」「小動物」という意味なんですね。

「蛇(ヘビ)」「蛙(カエル)」にも虫が入っていますよね。

ちなみに、タラバガニという名前、この名前の由来は北海道のタラの漁場と同じ海域で獲られることから命名されたんですね。

漢字は「鱈場蟹」と書くんですね。

英語では「Red king crab」というんですね。

蟹についていろいろ話しましたが、参考にしてくださいね。

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北方領土はなぜとられたのか?

北方領土という言葉の意味と歴史

「北方領土」という言葉の意味は、第二次世界大戦でソ連(現在のロシア)に占領された北方四島を指すんですね。

北方四島とは、歯舞群島(はぼまいぐんとう)、色丹島(しこたんとう)、国後島(くなしりとう)、択捉島(えとろふとう)のことをいいます。

日ロ両国が自国の領土と主張し、現在はロシアが実効支配しています。

そして、日本とロシアの北方領土の領有権の対立を北方領土問題というんですね。

北方領土の面積は約5000㎢で、千葉県や愛知県と同じくらいなんです。

第二次世界大戦の前には多くの日本人が住んでいたんですが、終戦後にはソ連に占領され、北方領土に住んでいた約1万7千人の島民の約半分は命からがら自力で脱出したといわれています。

それ以外の島民は強制退去させられたり、軍関係者などはサハリンで抑留生活をさせられ、その後に日本に送還されたそうです。

そして、北方四島からは日本人がいなくなり、ロシア人を入植させて実効支配することになり、現在に至っているんです。

では、現在北方領土に住んでいる日本人はいないのでしょうか?

実は、北方領土に住んでいた2世、3世の人の中には北方四島に移住している人もいるようなんです。

ただ、その人たちはロシア国籍で、純粋な日本国籍ではないんですね。

北方領土の東側は太平洋、西側はオホーツク海に面していて、南からの暖かい日本海流(黒潮)と北からの冷たい千島海流(親潮)のぶつかるところで、水産資源が豊富といわれているんです。

では、北方領土の歴史を見ていきますね。

1855年、江戸幕府とロシア帝国の間に日魯通好条約(日露和親条約)が結ばれました。

これによって、両国の国境線は択捉島と得撫島(うるっぷとう)に間に定められたんです。

樺太島(さはりんとう)には国境を設けず、これまで通り両国民の混在の地と定められたんですね。

日本政府はこの条約を根拠に、北方領土が日本領であると主張しているんですね。

1875年、明治維新後、樺太千島交換条約を結びます。

日本は樺太島の領有権を放棄するかわりに、ロシアから千島列島を譲り受けたんですね。

この条約で、千島列島とは占守島(しゅむしゅとう)から得撫島(うるっぷとう)までの18の島と列記しているんです。

ですので、日本政府はこの条約を根拠に、北方四島は千島列島に含まないことを主張しているんです。

1904年、朝鮮半島と中国東北部の支配権をめぐって、日露戦争が勃発するんです。

この戦争は日本が勝利し、ポーツマス条約で南樺太を獲得したんですね。

1941年、第二次世界大戦中、日ソ中立条約を結び、日本とソ連は中立を守ったんです。

1945年8月8日、広島に原爆が落とされてから2日後、ソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄し、日本に宣戦布告したんです。

このソ連の行動は、ヤルタ秘密協定により、南樺太、千島列島をソ連領有するということで決まったことからだといわれています。

ヤルタ秘密協定とは、ヤルタ会談で結ばれた対日秘密協定のことをいうんですね。

ヤルタ会談とは、第二次世界大戦の末期、米、英、ソの三首脳がヤルタで行った会談をいうんです。

1945年8月15日、日本はポツダム宣言を受諾し、連合国に降伏します。

ソ連軍はその後も千島列島を南下して、9月5日までに北方領土を占領するんです。

ロシアは第二次世界大戦で北方領土は合法的に自国領になったと主張しているんです。

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北方領土を実効支配するロシアの主張やメリットとは?

ロシアの主張としては、ヤルタ協定は確かに密約だが、敗戦後に日本を占領する米英首脳との約束であるから、ヤルタ協定は有効であると主張しているんですね。

ロシアのメリットしては、まず北方領土は生活可能な地域であるといわれているんです。

農耕が可能で、安定した海上輸送ができるんですね。

極東ロシアでは農耕可能な地域は少ないといわれていて、食料はアメリカ、日本、中国、韓国からの輸入に頼ってきたんですね。

北方領土は日照時間が長く、温暖な気候で農業ができ、さらに豊かな漁場が近いので食料に困ることがないんですね。

冬季にも海上輸送がきるんです。

オホーツク海は結氷するので、冬季には海上輸送ができないといわれているんです。

つまり、ロシアが北方領土を実効支配するメリットとして、極東ロシアは広大な領土を有しているんですが、居住可能な地域が極めて狭いことが挙げられるんですね。

以上、いろいろ北方領土について調べてみましたが、参考にしてみてくださいね。

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「右翼」と「左翼」の意味とは何なんでしょうか?

右翼と左翼の意味の由来とは

「右翼」と「左翼」の言葉の意味や用語は、歴史的にフランス革命に由来するみたいですね。

フランス革命を推進する議会において、議長席から見て右側に席を占めていた勢力が、旧秩序の維持を支持る勢力だったんですね。

これを右翼といい、その反対勢力を左翼と呼んだんですね。

右翼は保守的な思想傾向で、左翼は革新的な思想傾向といわれているんです。

しかしですね、この議会は両者ともにフランス革命を推進する集団なんですね。

つまり、全員が革新派なんですね。

右翼は革新派の中の保守派で、左翼は革新派の中のさらなる革新派ということなんですね。

日本において、歴史的に古いのは天皇家を奉ずる右翼で、原型は水戸黄門(水戸光圀)によって作られたといわれているんです。

左翼の原型は明治の自由民権運動からのようですね。

左翼で多いのはデモ行進で、労働者や一般市民を巻き込んでストライキやデモ行進を行うんですね。

デモとは本来権力に対して自分たちの主張を届けるものなんですね。

右翼はそれを妨害する立場で、街宣車を連ねて駅前で演説を行ったりすることが多いんですね。

街宣車のイメージは、旭日旗(きょくじつき)や菊の御紋、「愛国」という文字が描かれた黒塗りのワゴン車ですよね。

街宣車の黒い色は「ほかの何色にも染まらない」とか「悪徳政治家や悪徳企業に威圧を与える」などという意味があるようです。

どちらにしても強烈な威圧感がありますよね。

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右翼と左翼の思想や特徴とは

右翼の保守的とは、愛国心を持って日本を守っていく安定的で現実的という意味があるようです。

左翼の革新的とは、日本は古い、だから新しい方法で人権や自由や平等を大切にしていくという変動的で理想的という意味があるようですね。

右翼思想の特徴は、日本の伝統を守り、天皇制の維持、日の丸国旗、君が代斉唱など賛成し、夫婦は同姓であるべきで、外国人の参政権や選挙権に反対しているんですね。

左翼思想の特徴は、天皇制、日の丸国旗、君が代斉唱などに反対し、夫婦別姓や外国人参政権、選挙権に賛成しているんですね。

政党の支持について、右翼は自民党を支持し、左翼は民進党系、共産党を支持しているようですね。

右翼というと、街宣車で大きな音で軍歌を流している怖い人を思い浮かべますよね。

ただ、右翼という言葉の本来の意味はこの人たちを一概に指すわけではないんですね。

右翼、左翼というのは、根本的には考え方の違いなんですね。

そして、右翼団体といっても実態はさまざまなんですね。

右翼思想を純粋に主張している団体もあれば、お金をもらって主張を代弁している団体もあれば、大音量で嫌がらせをしてお金をもらう団体もあるようです。

見た目は反社会的団体にしか見えませんが、平日はサラリーマンで週末だけ街宣活動をするような人もいるようですね。

逆に右翼そのものを商売にしている団体もあるようです。

そういう団体は右翼思想を主張するだけでなく、商売としてスポンサーの主張を代弁したり、会社の横に街宣車を横付けして大音量で嫌がらせをして、右翼団体が発行している機関誌を売りつけたりしているようです。

週末だけの右翼団体は比較的純粋な主張のようですが、商売にしているような右翼団体はいろんなネタでお金にしているようですね。

左翼も過激で、国家や政府政党に反対する勢力として、昔の学生運動や過激派組織の連合赤軍などが挙げられるんですね。

ちなみに、「ネトウヨ」って言葉を知っていますか?

これは「ネット右翼」の略のようで、これは政治的なことや思想的なことを意味しないようですね。

自分の主張と反対意見の人たちに対して、インターネット上で攻撃する人のことをいうようです。

特に自分の立場が表に出ない匿名などで攻撃する人のことをいうようですね。

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保守や革新やリベラルという意味とは

なんか政治絡みで、「保守」「革新」「リベラル」などの言葉あるようですが、これもちょっとだけ調べてみました。

保守とは、右翼の色彩が強いようで、政治でいえば自民党のことをいうようです。

ただ、日本における保守は欧米的なものとは異なり、政治的、市民的な自由主義を軽視する姿勢が強いといわれているようです。

革新とは、左翼の色彩が強いようで、基本的人権、国民主権、平和主義を尊重する、政治でいえば日本社会党、日本共産党のことをいうようですね。

ただ、日本では左翼は衰退しているようで、日本社会党は社会民主党に変貌し、さらに民主党へ変貌しています。

そして、民主党は革新と左翼との関係を絶つために、革新という言葉を使わなくなり、「リベラル」という言葉を使うようになったんですね。

「リベラル」とは自由主義という意味で、経済的には個人的所有を基本とした資本主義を意味するようです。

政治的には、政治的、市民的自由が保障された議会制民主主義を意味するようですね。

いろいろ小難しい話でしたが、よろしければ参考にしてみてくださいね。

ウエブサイトとホームページの違いとは何なんでしょうか?

ウエブサイトとは何なんでしょうか?

まずは、ウエブサイトとは何なのかを調べてみました。

ウエブサイトとは、World Wide Web(WWW)上にある、一般に特定のドメイン名の下にある複数のウエブページの集まり、である。

と、ウイキペディアに書いてありました・・・

これじゃあ、わかりにくいですよね。

ワールド・ワイド・ウエブ(World Wide Web)の「ウエブ」がウエブサイトのウエブに当たるようですね。

このウエブの原語は、「クモの巣」らしいですね。

巨大なネットワークであるインターネット網の「網」の部分を指しているようですね。

また、「サイト」とは「登録場所」を意味するようですね。

サイト内の各ページには他のページへのリンクが設置され、これをクリックすることでページ間を互いに行き来することができるんですね。

このサイトの入口や表紙に当たるページをトップページというんですね。

このトップページには、サイトの概要や内容の案内、主要なページへのリンクが掲載されているんですね。

サイトを構成するウエブページは、それぞれ固有のURLを持っているんです。

このURLとは、ウエブサーバーのドメイン名(例:http://abcd.com)で構成され、トップページの下のページはサーバのディレクトリ名やファイル名(例:http://abcd.com/pege1/)のような連なりで構成されているんですね。

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ホームページとは何なんでしょうか?

ホームページについても調べてみましたが、いろいろな意味があるようですね。

一つ目は、ブラウザを起動したときに最初に表示されるページという意味があるようです。

ブラウザとは、インターネットを利用するためのソフトの総称をいうようです。

具体的にいえば、インターネットエクスプローラーやグーグルクローム、ファイアフォックスのことですね。

二つ目は、ウエブサイトのトップページを意味するようですね。

三つ目は、ウエブページ、ウエブサイトをすべてを盛り込んだ総称をいうようです。

僕たちの印象では三つ目の意味合いがしっくりきますよね。

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ウエブページとウエブサイトとの違いは何なんでしょうか?

ウエブページとは、ブラウザのウインドウに表示されるページのことをいうようです。

そのウエブページが集まって一冊の本のようになっているウエブページ群をウエブサイトというようですね。

つまり、ウエブページとは1ページ1ページのことで、ウエブサイトとはそのページが集まったものなんですね。

また蒸し返しますね、それではホームページとは何なんでしょうか。

先ほど、ブラウザを起動したとき最初に表示されるページといいましたが、よく階層が下のページに「ホームへ戻る」なんてリンクがありますよね。

この「ホーム」がホームページのホームで、ウエブサイトのトップページのことをホームページといったんですね。

ただですね、現在ではやっぱりウエブサイトもウエブページも全てをごちゃ混ぜにして、ホームページと呼んでいるんですね。

これは、インターネットが普及するときに、ウエブサイトもウエブページも知らない人に説明するために、本来は「ウエブサイト」「ウエブページ」というべきところを、全て「ホームページ」と簡単にいって説明したために、これは広まったようなんですね。

くどいようですが、ここでまとめてみますね。

ウエブページとは、インターネット上にある1ページ1ページのこと。

ウエブサイトとは、ウエブページの集まったまとまったもの。

ホームページとは、ウエブサイトのトップページのこと(ただ、今ではウエブサイト、ウエブページ全ての総称をいう)。

もう一歩、ウエブページの仕組みにも

パソコンやスマホで見ているウエブページはどうやって表示されているんでしょうか?

ウエブ上で情報を公開しているソフトウエアやコンピューターのことをウエブサーバーというんですね。

このウエブサーバーから僕たちは情報を受け取っているんですよね。

このウエブサーバーの中にブラウザ、先ほど言ったグーグルとかですよね、ここから検索なんかをして、パソコンやスマホから僕たちが情報を見ていることになるんですね。

ではですね、自分でホームページを作ったとします。

このホームページはどうやって見ることができるんでしょうか。

ホームページを作っただけでは、自分のパソコンの中でしか見ることはできませんよね。

これをサーバーの中に入れてやるんです。

それによって、他の誰かからもそのホームページを見ることができるんですね。

ですので、このサーバーに入れてやらないとホームページは見ることができないんですね。

ちなみに、サーバーは無料でレンタルできるものあるようですね。

これは無料サーバーといわれているようです。

ただ、この無料サーバーだと、ご自身が作ったホームページに無条件で関係のない広告などが表示されるようですね。

これは無料サーバーの会社が広告を貼り付けることで、広告主から収益を得ているようですね。

その他には、インターネットサービスプロバイダーから提供されているサーバースペースもあるようです。

例えば、so-netやbiglobeなど、聞いたことがありますよね。

有料のレンタルサーバーを借りる手もありそうですね。

会社やお店のホームページを作るなら、有料のレンタルサーバーがよいかもしれませんね。

ちょっと話が長くなりましたが、参考にしていただければと思います。

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烏賊(イカ)の漢字の由来とは

烏賊(イカ)の漢字の由来を調べてみたら

烏賊(イカ)という漢字に、なぜ、烏(カラス)と賊(ゾク)という漢字が入るのでしょうか?

これは、中国の古書「南越志」(なんえつし)に記されているようです。

カラスが水面に浮かんでいるイカを食べようとしたんですね。

そして、カラスが水面に舞い降りたときに、イカは突然長い足をカラスに絡め、水中に引きずり込んでカラスを食べてしまったというのです。

烏を襲う賊、という意味で「烏賊」という漢字になったといわれているんですね。

また、カラスに襲われたイカが墨を吐いて撃退したという説もあり、カラスの真っ黒な羽の色と、イカの黒い墨の色が同じだったことから、「烏」という漢字が使われたともいわれているんですね。

では、本当にイカがカラスを襲って食べるんでしょうか?

いろいろ探してみたんですが、なかなか見つからなかったんですが、タコが鳥を海へ引きずり込む動画が見つかりました。

イカは魚やエビなどを食べて生きているんですね。

そのため、実際に鳥を食べる可能性は低いと考えられるんです。

水中を深く泳ぐウミスズメなどの小型の鳥を、大型のイカが食べる可能性は、ないことはないといえるようです。

ただ、大型のイカの住む水深まで鳥が潜るか?もしくは、夜行性のイカと昼行性の鳥が出会うか?などの疑問はあるようですね。

それを考えると可能性は低いといわれているんですね。

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「イカ」の名前の由来とは

イカにはトンビといわれる鋭い口があり、この口の中でものをかみ砕くんですね。

このイカの口を干した干物を「カラストンビ」というんです。

ここでもなぜか、「カラス」という名前が使われているんですね。

さらに、「イカ」という名前の由来も調べてみました。

「厳(いか)めしい」や「厳(いか)つい」など、形が角張っていることが語源の由来といわれているようです。

また、「い」が「白い」を意味し、「か」が「堅い」を意味するともいわれているようです。

では、イカを裂いて干した「するめ」、この語源の由来は何なんでしょうか?

平安時代に墨を吐くイカやタコのことを「墨を吐く群れ」といい、「スミムレ(墨群れ)」と呼んでいたようです。

つまり、「スミムレ」から「スルメ」になったんではないかといわれているんですね。

当時はタコを干した干物も「するめ」と呼んでいたようです。

現在で、「するめ」と呼ぶのは、イカを干したものだけですけどね。

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イカを使った言葉の由来などを取り留めもなく

イカ関連では、「イカサマ」という言葉もありますよね。

漢字では「如何様」と書くようです。

その意味は「さも、そのように見える。いかにも本物らしい。」または、「まがい物。偽物。」だそうです。

そして、「イカサマ」の由来についてですが、イカ墨で書いた文字は1年で薄れて消えるらしいんです。

江戸時代には、イカ墨だけを使った墨があったそうです。

この墨で書いた文字は、やがて消えてしまう・・・

この墨汁で借用書を書いて、お金を借りる。

しかし、やがて借用書の内容が消えてしまうんです。

となると、借金がなくなる・・・

また、イカはイカヅノや餌木(えぎ)といった疑似餌でだまして釣ることが多いんですね。

このようなことから、博打でだましたり、ごまかしたりすることを「イカサマ」というともいわれているんです。

さらに、イカの数え方は知っていますか?

イカは「杯(はい)」で数えるんですね。

この「杯」という漢字は、中に水などを注ぎ込める「かめ」の容器を表しているんです。

同じように「杯」で数えるものとして、カニやアワビがいます。

カニの甲羅やアワビの殻も容器のようですよね。

また、「柔魚(じゅうぎょ)」と書いて、何と読むと思いますか?

これも「イカ」と読むようで、タチイカやスルメイカの異名らしいんです。

また、「柔魚」を漢字一字で書くと、「魷」と書くんだそうです。

魚へんに尤と書いて、「イカ」と読むんですね。

さらに、魚へんに柔と書いて、「鰇」これも「イカ」と読むらしいんです。

さらにさらに、魚へんに則と書いて「鰂」、魚へんに賊と書いて「鱡」、これらも「イカ」と読むんだそうです。

もう頭がこんがらがってきますよね。